北朝鮮危機、始まりは何だったのか? 北朝鮮がアメリカと戦争する日
香田 洋二(元海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将))
アメリカと北朝鮮が軍事衝突するXデーは最も早ければ年内と分析する、元自衛艦隊司令官の香田洋二さん。今回の危機は今年1月1日の金正恩の演説から始まったと言われますが、香田さんは『北朝鮮がアメリカと戦争する日――最大級の国難が日本を襲う』のなかで、危機は急に高まったわけではない、その淵源は朝鮮戦争にまで遡る、と述べています。なぜ北朝鮮はこれほどまでに、核・ミサイル開発に執念を燃やしてきたのでしょうか?
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危機は急に高まったわけではない
北朝鮮の核ミサイル開発をめぐるアメリカと北朝鮮の対立は、北朝鮮の狂気の挑発に対し、アメリカが強い姿勢を打ち出し、エスカレートしたように見えたかもしれません。朝鮮労働党委員長の金正恩が、2017年1月1日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験準備が「最終段階」に達したと表明。その後も、ミサイル発射を繰り返しました。
大陸間弾道ミサイルとは、たとえばユーラシア大陸からアメリカ大陸まで飛翔するような、射程が超長距離の弾道ミサイルのこと。弾道ミサイルとは、ロケットで大気圏外の高高度に打ち上げ、目標に落下させるミサイルのことで、大砲のような弾道(放物線)を描くことから、そのように呼ばれます。
北朝鮮の表明を受けて、アメリカのトランプ大統領が、原子力空母カールビンソンを朝鮮半島近海に移動させることを決定した結果、両国間の緊張が高まった――日本の新聞やテレビを追うだけでは、そう見えたのもやむを得ません。
しかし、実際には、そのような単純な構図ではありません。この事態が起きる可能性は、2016年から徐々に高まっていたと言えます。
私は2016年秋には、米朝の軍事衝突の可能性が20~30%になっていたと分析し、機会をとらえて警告を発していました。その可能性が、2017年1月1日のICBMの発射実験準備「最終段階」宣言でさらに高まり、トランプ政権誕生によって、より現実味を強めていったのです。
もちろん、北朝鮮もアメリカも、自らのメンツだけにこだわって対立をエスカレートさせたのではありません。まして金正恩が自暴自棄になっただとか、トランプ大統領が感情的になっただとか、そういう話でも断じてありません。
単純に言えば、北朝鮮は自国の存続のために、米本土に届く核ミサイルを開発することで、アメリカを交渉の場に引きずり出そうとした。アメリカは、多数の自国民が核ミサイルによって死ぬ事態だけは、絶対に避けなければならないと考えた。
現在の対立は、その両者が、ギリギリの政治戦と神経戦を繰り広げた結果なのです。
北朝鮮の最終目標はアメリカに現体制を認めさせること
なぜ北朝鮮は、ここまでのリスクを冒して、核ミサイル開発にこだわってきたのでしょ
うか。
それは、北朝鮮の現在の国内体制を存続させることについて、アメリカの保障を取りつけるためです。
今の北朝鮮の国家目標は、金正恩を中心とする国家体制の確立と維持です。どんなに自国民が窮乏しても、金正恩体制を守ることが第一の国家目標であるのは、明らかなことです。
では、その北朝鮮の体制を保障してくれるのは、誰なのか。さまざまなルートを通じて資金や経済的な利益をもたらしてくれる中国でしょうか。いや、違います。もちろん、ロシアでも韓国でもありません。
歴史的に、アメリカによって国家体制を潰されるかもしれないという恐怖心を抱いてきた北朝鮮は、その裏返しとして、アメリカによる現体制の保障を求めているのです。
北朝鮮は、朝鮮戦争(1950年開始、53年に休戦)で、緒戦での優勢の後、攻守ところを変えるきっかけとなった仁川(インチヨン)上陸作戦(国連軍が1950年9月15日に韓国・ソウルの西方約20キロにある仁川に上陸し、北朝鮮からソウルを奪還した戦闘)以降、米軍により一度は敗北ギリギリまで追い詰められました。当時の指導者、金日成は、自分たちではなすすべもないまま、中国とソ連の参戦と支援によってかろうじて戦勢を回復し、休戦(引き分け)に持ち込みます。それによって金体制は生き永らえることができました。
この実質上の敗北、悲惨な経験を、決して自分たちでは認めていませんが、北朝鮮はこのとき以来、自国の生存に無策であれば、アメリカにより国家を潰されるという恐怖に苛(さいな)まれることになったのです。
そして冷戦期に入り、米ソの核均衡時代になっても、北朝鮮は軍事的に存在を保障されたとは言えませんでした。韓国に米軍が駐留したのに対し、ソ連も中国も北朝鮮に大規模な駐留軍を置くことがなかったからです。
核・ミサイル開発は唯一の手段
今日、北朝鮮は、各種の軍事装備を保有し、量的には世界有数の大規模な軍事力を有しています。同時に、約25年にわたり核と弾道ミサイルに偏って国家資源を過重に投資し続けた結果、米韓合同軍に対して真に有効な通常戦力は、決して十分ではありません。
38度線からさほど離れていないソウルを「火の海にすることができる」と豪語する長距離砲兵隊と、韓国軍や米軍でも完全な封殺が困難な、特殊部隊による奇襲やゲリラ戦及びサイバー戦の能力だけが北朝鮮の頼みとなる存在です。
朝鮮戦争の休戦以降、北朝鮮は、もともと豊かではない国力の大部分を軍事力の構築に振り向けることにより、かろうじて南北の軍事的均衡を維持してきました。
さらに1990年代以降は、通常戦力を維持するよりもはるかに大規模な国家資源の投入が必要となる、核兵器と弾道ミサイル開発に着手します。その代償として、北朝鮮の通常戦力の近代化は大きく遅れました。
その結果、大規模かつ本格的な通常戦力による正面衝突を有利に戦って勝利するために必要な軍事力がなく、その基盤となる人的資源も経済力もありません。
たとえば潤沢と考えられている人的資源ですが、北朝鮮の総人口2500万人に対して、正規軍は120万人、準軍隊は20万人です。赤ん坊から老人まで、全人口の約18人に1人が軍役に就いているという計算になります。徴兵制を敷く隣国韓国の、約75人に1人という値と比較しても、北朝鮮の人的資源がいかに延び切っているかが分かります(「ミリタリーバランス2017」による)。自国がそのような状況になっていることを、北朝鮮自身が最もよく認識しています。
そのような現実の中で、アメリカから国家体制の存続について保障を取りつけるための
唯一の手段が、核兵器とアメリカに直接到達するICBMだったのです。
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資金、技術など、北の核ミサイル完成までの経緯については、『北朝鮮がアメリカと戦争する日――最大級の国難が日本を襲う』をお読みいただけると幸いです。